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鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

コロッケそばを考える

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コロッケそばとの付き合いには長年手を焼いてきた。
立ち食いそばのメニューによくある、暖かい汁そばの上にコロッケが浮いてるやつだ。
知らない人は天ぷらそばやキツネそばの、天ぷらや油揚げの代わりに、コロッケが浮いてる姿を想像してみて欲しい。もしかすると、何かの間違いだと思うかもしれない。私がそうだった。だが、思い浮かべた姿が正解だ。コロッケが浮いてるのだ。

最初は、特定の店の面白メニューだと思っていた。しかし、少なくとも関東の立ち食いそばでは、それなりにメジャーな地位を占めているようで、割にどの店でも置いてある。

私はしばらく、コロッケそばを見た目で敬遠していた。つまりは食わず嫌いである。
しかし、時折、チラホラと、「コロッケそばが好きだ」という声が耳に聞こえてくる。まさか、と思うが少し気になる。

ある日、私は思い切ってコロッケそばをオーダーしてみた。「ままよ」という気持ちで、発券機のコロッケそば360円のボタンを押した。
出てきたそばには、果たしてコロッケが浮いていた。
まずはこわごわとコロッケをひとかじりしてみる。

暖かいそばのつゆに浸ってしまったコロッケの味がした。

「つゆに浸した」というより、「うっかり浸してしまった」味である。もっと言えばコロッケをつかみ損ねて、そばつゆの中に落とした味である。そして、あまりに予想通りの味である。

私は、コロッケにはソースだよな、と釈然としたような釈然としないような気持ちで、それきりコロッケそばのことは忘れるようにしたのである。


それが最近、コロッケそばを集中的に食べていた。

きっかけはまんが、「メシバナ刑事タチバナ」の一編に、コロッケそばの食べ方が語られてたことにある。

曰く、「まずはコロッケに箸を入れ、二つに割って一口食べる」「食事の終わりの方まで手をつけずとっておく」「汁を十分に吸い『ふがっ』とした状態を食べる」ということのようだ。

コロッケを割り、あえてもろもろにして食べる。それは盲点だった。
私はむしろ、形を崩さないように食べていたのだ。なんたることか、正解は逆だったのだ。私は自らの不明を恥じた。

それから、私はさっそく、行きつけの立ち食いそば屋で実践してみた。
まずは箸でコロッケを割り、そのまま一口。
つゆに落としてしまった冷たいコロッケの味がする。
そして、残りの部分をつゆに浸してそばを食べるのに専念。きっとその間に、コロッケはつゆを吸い、魅惑のモロモロ状態へと変貌しているはずなのだ。

そして、そばを八割がた食べ終わった時点でおもむろにコロッケを引き上げる。
なるほど、「ふがっ」とした状態になって、いない。

コロッケはやはり冷たく、堅いままだった。そして、つゆに落としてしまった味がした。

こんなはずはない。私は躍起になって、あちこちのそば屋でコロッケそばを確かめてみた。
しかし、私が食べる速度が速いのか、最近のコロッケは堅くできてるのか、なかなか「ふがっ」にはならない。

そして月日は流れ、流れ流れて辿り着いた京成某駅のホームのせまい立ち食いそば屋。そこのそばは、立ち食いそばの伝統に忠実な「うどん粉のつなぎにそば粉を少し使った」風情の、腰のないそばである。大振りなコロッケも、やわらかい造形で、箸を入れるとジャガイモが数片、ほろりとほどける。

これは期待できる…そう思いながら、そばを食べ、八割がた食べたところでおもむろに引き上げる。

果たして、コロッケはつゆを吸ってモロモロと形を崩しながら姿を現した。まさに理想的な「ふがっ」である。私は期待に胸を高鳴らせ、それを口の中に導いた。

やっぱりつゆに落としてしまったコロッケの味がした。

この長い戦いで得た結論は、コロッケそばはどうやっても、つゆに落としてしまったコロッケの味がするということだ。それ以上でも、それ以下でもない。

しかし、この長い戦いが終わったにもかかわらず、私の指は何故か券売機でコロッケそばをチョイスしてしまうのだ。

決してうまくないのに。

決してうまくないのに……。