鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

アンパンマンのマーチについて

 もしかすると、同じような考察はあちこちでされてるかもしれませんが、気にしない方向で。


 本日は「アンパンマンのマーチ」について。

 昔からあるネタに、「アンパンマンは愛と勇気しか友達がいない孤独なヒーローである。」というのがあります。言うまでもなく、アンパンマンのオープニングテーマ曲、「アンパンマンのマーチ」(作詞:やなせたかし/作曲:三木たかし)のフレーズ、「愛と勇気だけが友達さ」という一節を踏まえたジョークですね。

 この一節だけ見ると、アンパンマンは愛と勇気だけしか友達がいない寂しいやつに見えても仕方ないような気がしますが、それにしてもどうして、この歌詞はアンパンマンに対してそのようなスタンスを取っているのか。

 ひとつには、原作者であり作詞者であるやなせたかし先生の作詞ミスだという可能性があるようです。やなせ先生があんまり何も考えずに勢いで作詞してしまったという説。
 やなせたかし先生もなかなかとぼけた方のようで、あちらこちらの講演会やらでその質問を受けるたびに、「いやあ。何も考えてなかったよ、はっはっは。」なんておっしゃってるという話も聞きますので、まあそれはそれで話としては面白いのですが・・・言わせてもらおう!それは間違いであると。

 そして、さらに言わせてもらおう。実は、「アンパンマンのマーチ」は、アンパンマンの主題歌でありながら、アンパンマンのことなどほとんど歌ってないのだー! \ナンダッテー!/



 それでは、考察。まずは、「アンパンマンのマーチ」の歌いだしのフレーズから。


    「そうだ、嬉しいんだ、生きる喜び。たとえ胸の傷が痛んでも。」


 いきなりズバーンと重たい歌詞がきました。

 明るく楽しく毒のない幼児向け番組なのに、1フレーズ目から「たとえ胸の傷が痛んでも」ときたもんだ。何だか悲壮感すら漂ってくるこの歌詞。幼い頃に目の前で両親を殺されて、やさぐれたあげく金の力にあかせてヒーローになっちまったコウモリの人もびっくりです。


 続くフレーズはさらにどすんと重たい。

    「何のために生まれて、何をして生きるのか、答えられないなんて、そんなのは嫌だ」


 すごく悩んでるよ!


 これがアンパンマンのことだとすると、彼はあの明るい笑顔の後ろで、自分の存在意義についてどっぷりと悩んでるということになりそうです。(何度も何度も顔を取り替えてまで僕は何故ばいきんまんと戦わなければならないのだろう。)

 こちらは、何だかいつもウジウジして毎度毎度「ヒーローやめちゃおっかなーどうしよっかなー」とか言っちゃうどこかのクモの人にもひけをとらない悩みっぷり。アンパンマン・ザ・トラウマヒーロ!


 でもちょっと待ってよ。


 アンパンマンは、困ってる人に自分の身体の一部を惜しみなく分け与える迷いなき人物です。そんな彼が「胸の傷が痛むけど生きていこう」と決意したり、「自分はどうあるべきか」と悩んだりするような迷いがあるのだろうか。いや、そんなわけはない。


 さてここで、いままでのフレーズに「アンパンマン」という言葉が一言も用いられていないことを指摘しておきます。ここまでの文脈からすると、これらの言葉は、アンパンマンではなく、視聴者である我々に向かって語りかけられた言葉であると捉えるのが自然なように思われます。


 そういう目でみると、続くフレーズが実にしっくりきます。


    「今を生きることで、熱い心燃える。だから君は行くんだ微笑んで。」

 ここで使われている「君」をアンパンマンととらえると、うじうじくんの目が覚めて、ついに立ち直った場面のようにも読みとれます。

 でも、「君」を、アンパンマンのことではなくて、視聴者である我々のことだととらえると話がちょっと違ってくる。「君」が「我々」のことを意味すると考えると、このフレーズは我々に向けた「苦しくても微笑みながら一生懸命に生きよう。」というメッセージになる。きっとその解釈のほうがしっくりくるんじゃないかなあ。

 その解釈に基づいてここまでの部分を要約すると、アンパンマンのマーチの主題は、我々に向けて放たれた「生きることはそれだけで素晴らしい。だから、苦しくても微笑んで、目的を持って生きていこう。」という、火傷しそうなくらい熱い、魂の籠ったメッセージではないかと思うのです。


 さて、このあとの歌詞は、冒頭の「そうだ、嬉しいんだ〜」という、フレーズを繰り返した後、ようやく「アンパンマン」という言葉が登場するに至ります。
 そして、「アンパンマン」に向かって「行け、みんなの夢守るため」と語りかけて1番の歌詞は締めくくられます。この箇所の主語は明らかにアンパンマン

 でも、ここの「アンパンマン」というフレーズは、どうも取ってつけた感があるように思えて仕方ありません。なぜなら、今までのフレーズは、明らかに、「君」=「我々」に突きつけられた「生き方」についてのメッセージになっているのですから。

 もしかすると、ここでいうアンパンマンとは、我々自身の姿をアンパンマンというヒーローに仮託した比喩なのかもしれません。「熱い心で生きてゆけば、僕たちはみんなヒーローなんだ。」そんなメッセージが込められているのではないだろうか。偶然なのか、そうでないのか、エンディングテーマ曲の「アンパンマンたいそう」にも、アンパンマンは君さ」という歌詞がありましたっけ。


 これはかなりの邪推かも知れないのですが、この歌はアニメの主題歌として作詞されたものだから、アンパンマンのことに触れざるを得なかったんだけど、やなせ先生としては本当は、多くの子供たちが聞いてくれるであろう歌であることを利用して(すごく失礼な言い方ですが!)、自分が伝えたい、「生きる」ということについてのありったけのメッセージを込めたかったんじゃないかなあ。


 そして、いよいよ例の「愛と勇気だけが友達」宣言の箇所についてですが、件のフレーズが出てくるのは歌詞の2番のサビの部分。

 

    「そうだ恐れないで、みんなのために。愛と勇気だけが友達さ」


 いままで散々語りかけられてきた、「生きることは素晴らしい。苦しくても一生懸命生きていこう」というメッセージと照らして見ると、「愛と勇気だけが友達」というのも案外すんなりと受け入れられるように思えます。
 この部分は、「愛と勇気さえ心に持っていれば、何事も恐れることなく進んでいけるよ」というメッセージなのではないかと思うのです。言い方を少し変えると、「たとえ、孤立無援になったとしても、愛と勇気だけは必ず残されている、だから恐れないで堂々と生きていこう。」、そんな思いが込められているように思えるのです。

 ここまで見てきて、それでも、「それにしても愛と勇気『だけ』ってなんだよプフー!」と思うのであれば、それは揚げ足取りってやつだ。きっと、やなせ先生も筆に力が入りすぎたんだよ!


〜〜〜〜〜〜

 こうやって歌詞を眺めてみると、アンパンマンのマーチには、繰り返し繰り返し「生きる」ということに関するメッセージが歌われており、そして、メッセージの大部分は、視聴者である我々に向けられているであるということは、比較的ハッキリしているように思われます。

 でも、「アンパンマンのマーチ」という歌の知名度に対して、これらのことはあまり意識されていないように見えます。それはなぜか。

 ここでテレビ番組「それいけ!アンパンマン」のオープニング曲としての「アンパンマンのマーチ」を見てみると、原曲とテレビサイズの曲とでは、構成がまったく異なっていることが分かります。

 まず、テレビサイズで使用されているのは2番の歌詞であって、先ほどからみてきた1番の歌詞は使用されていません。

 そして、2番の歌詞の順序も若干の入れ替わりがあります。
 まず冒頭に、「そうだ恐れないで、みんなのために。愛と勇気だけが友達さ」という、サビのフレーズが歌われます。原曲の1番の歌詞は、冒頭で「生きることは喜びだ」というメッセージを明確な形で伝えていますが、その構成と、テレビサイズの曲が唐突に「そうだ恐れないで〜」と始まる構成とを比較すると、後者ではメッセージ性が分かりづらくなってしまっているように思われます。

 さらにタイトルバックの画面を見ると、(ほとんど多くのバージョンでは)「♪そうだ〜」という歌いだしと同時にアンパンマンが飛び出してきて、「〜友達さ♪」という歌い終わりと共に「それゆけ!アンパンマン」というタイトルロゴが表示されるようになっている。
 これは明らかにミスリーディングを誘う画面です。画面を見るとどう見たってアンパンマンのことを歌った歌にしか聞こえないんだもの。

 つまり、このような構成や画面だと、「君」が「我々」であるということは意識しづらいし、この曲の主人公がアンパンマンであると、ある意味で素直な解釈がされてもやむをえないように思います。そのせいで、「アンパンマンには愛と勇気だけしか友達がいない」という解釈が、ジョークだということは誰もが承知しつつも、何だか妙な説得力を帯びてしまうのではなかろうか、と思うわけですね。



〜〜〜〜〜〜〜

 以上をまとめると、アンパンマンのマーチ

 ・アンパンマンのことを歌った歌ではなく、我々に対してメッセージを投げかけた歌である

 ・歌詞には「生きることはそれだけで素晴らしい。だから、苦しくても微笑んで、目的を持って生きていこう。」「たとえ孤立無援でも愛と勇気だけは君に残されている。だから恐れることはない。」という強いメッセージが込められている

 ・「愛と勇気だけが友達」の部分はちょっとばかり筆に力が入りすぎたのかもね

 ということになるのではないでしょうか。


 そう考えると、以下のような発言が、実にふざけたものであるかが良く分かりますね。


 ・・・・やなせ先生ごめんなさい。


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