鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

値札なんてものが重要でなかった話

 トルコではよくぼったくられた。

 いや、もしかするとぼったくられたというのは不適切なのかもしれない。トルコではお金の考え方が日本とは少し違うんだろう。

 

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 例えば、タクシーに乗った時のこと。

 ガイドブックなんかには必ず「タクシーではメーターを回すよう指示すること。運転手がメーターを回さない場合には高額な運賃を取られる可能性がある。」と書かれている。実際には「メーターを回せ」ということは難しいんじゃないかという気がする。何せ、私の乗ったタクシーにはメーターがどこにも見当たらない。

 そして行き先を告げてタクシーに乗り込むと、有無を言わせず値段交渉が始まる。

 運転手は片言の英語で「そこね。大きく回り込まなければならないのね。行けるけど遠いよ。」なんて言い始め、指先で丸をつくって「トゥレルリリラ(trerurilira)」と言う。巻き舌が入りまくって何言ってんのか分からない。

 こちらがようやく「twenty lira」(20リラ)って言いたいんだなと理解したところで、「ok, trerurii and five lira」と告げて走り出す。メーターを回せなんて言う暇もないし、突然の5リラの値上がりである。

 「ああ、やられたなあ」と思いながら走ってみると、特に大回りをすることもない様子で実にスムーズに数分で到着して、再度「やられたなあ」と思う。正確なところは分からないけど、20リラでも通常料金の倍以上なんだと思う。

 悔しいので「最初20リラといったはずだ。25リラには同意してない。」と言って、20リラ札を出したら、相手は多少渋ったあとで、「25リラが正規の値段だ。まあいい。」といって解放してくれた。正規の値段とはいったい何なのか。

 

 

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 例えば、公園のベンチで休んでいた時のこと。

 イスとバケツと大きなブラシを持ったおじさんが目の前を通り過ぎて、バケツの中からブラシがぽとりと落っこちた。バケツの人はそのまま気付かないで行ってしまおうとする。私は当然、ブラシを拾ってあげる。

 そうすると、おじさんは少し驚いた顔でこちらを向いて、「ありがとう。本当にありがとう。あなたの親切に心から感謝する。握手をしてくれ。マイフレンド」といって私の手を握り、そして立ち去った。いや、立ち去らなかった。

 

 おじさんは数歩進んだところで、やおら私の方を振り返り、「そうだ。あなたとの友情の証に靴を磨かせてくれ。」と言ってきた。

 私としては、「はっはーん。これは結構な額を請求されるパターンやな。」と思い「要らない。大丈夫だ。」と言って断ったのだが、おじさんは「マイフレンド。私はあなたの親切に何かをしてあげたい。お金は取らない。」と言って聞かない。私がもたもたしてると(私もそんなに英語を話せるほうじゃない)、おじさんは「マイフレンド」とか繰り返しながら半ば強引に磨き始めた。

 おじさんは私が拾ってあげたブラシで靴の汚れを落とし、何かの薬品を私の靴に塗り付けこすりながらしきりに話しかけてくる。

 

 「私はアクサライから出稼ぎに来てるんだ」

 「マイフレンド、あそこにいる子供は君の家族かい?何歳だい?」

 「私にも4人の小さな子供がいるんだマイフレンド」

 「マイフレンド…お金がいるんだよ。マイフレンド…」

 

 そして、靴磨きを終わらせると

 

 「20リラでどうかな」

 

 ぜったいそう来ると思った。少なくとも家族の話を始めたあたりから確信してた。

 私が、「あなたはお金は要らないと言ったし、いま100リラ札しか持ってないので払えない」というと、靴磨きおじさんは「マイフレンド、私には4人も子供がいるんだ。」と迫る。

 まあ、イスラムには喜捨の教えがあるからな…と思いなおし、せめて財布の中の小銭を渡そうとすると「これはリラじゃない、セントだ。20リラが必要なんだ」といって受け取らない。

 「100リラ札しかないので払えない」と財布を見せると「お釣りを渡すから大丈夫」という。

 私もだんだん面倒くさくなってきたので、「10リラ、10リラなら払うので釣りをくれ」と言うと、おじさんは自分の財布を取り出し、一枚一枚「10リラ…10リラ…20リラ…20リラ…5リラ」と数え、私が差し出す100リラ札を受け取り、65リラをわたそうとした。ちょっと待て。ちゃんと一緒に数えたやろ?思いっきり値上がっとるわ。

 結局、お釣りを用意できなかったおじさんには、小銭入れにあった30セントくらいを渡して引き下がって貰うことにした。

 おじさんは悲しそうな顔でもう一度「ありがとう、マイフレンド」といって立ち去った。

 

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 その他、カフェでメニューを見ないでコーヒーとお茶を頼んだらやたら高い請求をされたり、レストランでオーダーしてないサラダがしっかり請求されて他の店ではチャージされない謎のチャージが上乗せされたり、露店でアイスを買ったらレストランの3倍くらいの値段を言われたりした。

 ぼったくられまいとすると、一瞬たりとも気が抜けない。

 そもそも商品に値札がないことが多い。まず最初に値段を確認すること、そして強気で交渉することが大事だ。そしてそれはいちいち疲れることだ。

 

 「チップだと思えばいいんじゃないの。満足すれば多めに払えばいいのよ。」

 妻は言った。

 

 まあそうかもしれない。タクシーだって日本に比べると遥かに格安だし、出稼ぎ靴磨きおじさんだって靴磨きとトルコとの友情に10リラくらいならあげても良かったし、コーヒーとお茶はうまかったし、やたら高いアイスクリーム屋は伝統のパフォーマンス*1で散々笑わせてくれたので払っても惜しくないだろう。謎のチャージは納得いかないけど。

 値札や正規の価格なんてそれほど重要じゃないのだ。その値段に納得がいくかどうかが全てなのだろう。

 

 旅行の終わりに空港で、余ったお金で16リラのアイスを買った。市内の価格からするとかなりのぼったくり値段だが、リラを余らせたところで仕方ない。

 私が20リラ札を出すと、店員が「1リラを持ってないかな?」と聞いてきた。

 ごめん、持ってない、と私が言うと、店員はにっこり笑って「じゃあ1リラは値引だ」といって5リラ札を渡してきた。

 

 つまるところ、値札なんてそれほど重要じゃないのだ。たぶん。

 

*1:トルコのアイス屋さんには、アイスの粘度が高いことを利用したからかい技がある:https://www.youtube.com/watch?v=9jajW0gHUyA