鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

声がイメージを侵食する

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 普段から仕事上ときどき電話で話してるけど、実際には数年も前に一度だけ会ったきりの人と会ったら、顔を合わせるなり、「あれ?この人こんな顔だっけ?」と思ってしまった。

 
 久しぶりにあったその人は、真面目そうで、実直そうで、そしてダンディだった。
 僕の記憶の中でのその人は、もうちょっと剽軽でおちょこちょいでとぼけた感じで、親しみやすそうな感じだったのだ。例えるなら、美味しんぼの富井副部長だったのだ。出っ歯で、赤鼻で、天然パーマの富井副部長。かん高い声で山岡士郎を叱りつける富井副部長。美味しんぼ随一のトラブルメイカー。
 
 その人は、出っ歯でもなく、赤鼻でもなく、天然パーマでもなかった。
 僕は見知らぬ紳士を目の前にして、僕の中にいた富井副部長はどこに行ったのだと戸惑いながら挨拶を交わした。
 
 「ご無沙汰しています。」
 「どうも、ご苦労様です。」
 
 それは確かにふだん電話で聞いている声だった。
 少しかん高くて、剽軽そうで、少しとぼけたような質感の声。例えるなら美味しんぼの富井副部長である。
 
 結局のところ、しばらく会わないうちに僕は、記憶の中のイメージを、声から受ける印象でだんだん塗り替えて行ってしまったのだろう。
 つまり、実直な紳士にだんだん富井副部長のイメージが入り込み、侵食し、ついに富井副部長にすり替わってしまったのだ。キャラクターのインパクトのなせる業、富井副部長恐るべしだ。
 
 まあ、冷静に考えるとあんな顔の人いないよな、と思いながら帰ったのだけど、でも心のどこかでは、以前に会ったのはやっぱり富井副部長で、声以外がどこかですり替わったんじゃないか、という気がしてならない。