鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

虫たちが巡礼にやってくる

 ぼくの家の前には、夏になるとよく虫の死骸が転がっている。

 ぼくが住んでいるところは、都会のど真ん中というわけではないけど、特に自然が豊かな環境にあるというわけではない。マンションなので、玄関先には土の気配もない。
 夜中、電灯の下に虫が大量に群がっている姿も見かけないし、明かりに引き寄せられた虫が、ガラス窓に大挙して留まっているということもない。(山の中の民宿なんかに泊まると見かけるあれ、気持ち悪いですよね。)

 それなのに、夏の朝、家を出ようとしてドアを開けると、決まって玄関先に虫が4,5匹落ちて死んでいる。虫の種類は、カナブンだったり、ちっちゃい甲虫だったり、カメムシだったり、セミだったり。比較的カナブンが多いかもしれない。こないだカナブンが3匹仲良く並んで死んでるのを見かけて、大当たりしたような気分になった。

 そちらこちらで死んでいる虫たちを横目で見ながら仕事に出かけ、そして夜帰ってくると、風で飛ばされるのか、誰かが掃除するのか、あるいは鳥や猫が食べるのか、それらは綺麗さっぱり消えている。

 そして、翌朝になると、やはり4,5匹落ちている。どこからともなくやってきて、ここが決まった場所であるかのように、ひっそりと落ちている。

 たぶん、ぼくの家は、虫たちにとっての「約束された場所」とか、「聖地」とか、「巡礼の地」とか、そういうのだと思う。
 古今東西の虫たちはみんな、ぼくの家の玄関先に救済と心の安寧を求めて訪れ、そして、力尽きた者は信仰の喜びに包まれながら果てるのだ。

 きっと、巡礼の年には、何千・何万というカナブンが大挙してぼくの家に押し寄せて、ぶんぶんと祈りの声を上げるに違いない。勘弁してほしい。

 そして、ぼくの家の床を掘ると、虫たちにとっての聖遺物みたいなものが見つかるのだろう。はるか昔、救世主スカラベがピラミッドの横で転がしていたフンのかけらとか、そういうのが。

 よく考えるとぼくの家の床の下は、下の階の人の天井のはずだけど、きっとそうに違いない。