鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

ゼーレの人はパンツ一丁で会議に臨んでいる

 

 リモートワークの人とSkypeで打ち合わせをしたことがある。

 私は職場にいないと一切の仕事ができない性格で、休日に小一時間作業をするだけでも職場に行ったりするほうなので、在宅で仕事ができる人は尊敬してしまう。自宅の緩み切った雰囲気で仕事をするなんてことは考えられない。

 Skype会議をしたリモートワークの人の部屋はそれなりにきちんと片付いていて、うしろに資料の棚なんかがあって、そして、彼はワイシャツにネクタイをしていた。とてもパリッとしていた。「在宅で仕事ができる人は身なりから違うな」なんて思ったりした。

 彼としばらく議論をしていて、「ところでアレはどうなってますか?」なんて感じの質問をしたときだ。

 彼は「ちょっと別の部屋から資料を取ってきますね」といっておもむろに立ち上がり部屋を出て行った。その時、初めてデスクの下に隠れていた彼の下半身がカメラに映しだされた。

 

 パンツ一丁だった。彼がドアの向こうに去ったあと、私はひとしきり笑った。

 

 

 別の日のこと、たまに一緒に仕事をしているコンサルタントの人と飲みに行った時のことだ。2人とも大手を退職して独立した人で、自宅や小さなオフィスで仕事をしている。

 リモートワークがどうのこうのという話になったとき、ふと、パンツ一丁事件のことを思い出して「こないだのことなんですけどね…」と話し始めた。「すべらない話」のつもりだった。

 私が、「それで、その人が立ち上がったんですけど…」といった瞬間、2人は声を上げてこう言ったのだ。「パンツ一丁だったんでしょ?」。

 

 Skype会議をしてるリモートワーカーの下半身はパンツ一丁である。その日、私は世界の常識を一つ覚えた。

 

 

 ここで唐突にエヴァンゲリオンの話になる。

 あれにゼーレという謎の組織が出てきて、主人公側の組織と何やら陰謀めいた会議をするシーンがある。

 ゼーレ側の出席者は「SOUND ONLY」と書かれた棺桶みたいな黒い箱から音声だけで会議に出席している。たいがい、主人公側の組織の誰かを吊るし上げたり、誰かをクビにすることを話し合ったりしている。ゼーレが何なのかは最後まであまり語られないし、なんで「SOUND ONLY」と書かれた箱で会議してるのかもよく分からない。

 

 あれも一つのリモートワークだ、という話を聞いた。

 なるほど、ゼーレは世界的な組織みたいなので、会議の出席者は世界中に散らばってるのだろう。リモートで会議を設定するのが自然だ。

 

 例の棺桶みたいな「SOUND ONLY」の箱は、たぶんプロジェクタなのだろう。もともと、あそこには出席者の映像が表示されることになっていたが、何らかの事情で映像が流れないのだ。きっと機器の不調とかだ。回線が足りてないのかもしれない。

 

 そうすると当然のことながら、ゼーレの人たちはパンツ一丁で例のつるし上げ会議に出席していることになる。

 彼らは自宅で緩み切った格好で、画面の向こうの冬月に向かって「我々は新たな神を作るつもりはないのだ…」などと説教を垂れてるのだ。

 たまにパソコンの前を猫が横切っているし、内心「新たな神は猫でじゅうぶんだな」とか考えている。

 

 中には、画面が映らないことをいいことに、変顔チャレンジをしてる人もいる。

 画面の向こうのゲンドウに「最近の君の行動は目に余るものがあるな」などと言いながら、鼻の下を思いきり伸ばしたより目のチンパンジーみたいな顔を作って「こんな顔してるのにゲンドウったら気付いてないでやんの」とひとりクスクス笑ってたりする。

 

 パンツ一丁どころか、全裸になってる人もいる。

 「なぜロンギヌスの槍を使用した…回収は不可能だ」などと言ってるが、自分の股間のロンギヌスをしまったほうがいい。

 

 そして、あるとき突然、回線は復活する。

 「SOUND ONLY」と表示されていた箱に、突然、出席者の映像が表示される。ある者はパンツ一丁で、ある者は猫を愛でながら、ある者は全裸で会議に臨んでいたことが白日の下に晒される。あれだけ思わせぶりなことを言っていたのにこの体たらくである。

 そして、それぞれの正体が露わになったそこには、心の壁は存在しなくなる。「なあんだ。あいつも馬鹿なんだな」みたいなやつだ。ついに人類補完計画が実現するのだ。

 

 おめでとう。おめでとう。