鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

ちんちん掻いてるかもしれない

 妻は食事中に手をテーブルの上に出しておかないことについて厳しい。見えないほうの手で何をしているか分からない、というのが理由だ。

 たとえば子供が右手で箸を持ち皿の上のおかずをつまみながらも、左手をテーブルの上に出すことなく、ぶらんと垂らしていたとする。

 そんなとき、彼女は子供を叱る。「左手をテーブルの上に出しなさい」と。「相手の人が見えない手で何をしているかわからないでしょう?」と。そして「左手でちんちん掻いてるかもしれないと思われるよ」と。

 子供がすぐに態度を改めない場合、最終的に指摘されるのは「ちんちん掻いてるかもしれない」だ。

 「まあ、そうかも知れないな」と思いながら、「さすがに食事中にちんちんを掻くことはそうそうないだろう」とも思っていた。

 

 

 先日、幼稚園の子とカードゲームで遊んでいたとき、子供が両手にカードを持って、テーブルの下でカードを見ようとするので注意をした。

 たぶん、そのほうが手元でカードを整理しやすかったりするのだろう。でも、カードゲームで見えない手があるのはご法度だ。

 まず第一にイカサマを疑われる。次に、実際問題としてはこちらが大きいのだが、見えないところでカードをいじられるのは不安だ。特に小さい子の場合、カードをいじっているうちに無意識に折ったりしかねない。

 最初は「カードを持つ手はテーブルの上に出そう。ズルをしてるって思われちゃうよ?」と言っていた。

 そのときはすぐに手を出すのだが、しばらくするとやはり無意識にテーブルの下に隠してしまう。

 何度か「カードをちゃんと持ってることをみんなに見せよう」「ズルをしてないことを見せよう」と言ってみたのだが、やはり、元に戻ってしまう。

 しびれを切らせた私は、ついに言ってしまった。

  「ねえ、テーブルの下でちんちん掻いてるって思われちゃうよ」

  そう言いながら、さすがにカードを両手で持ってちんちんは掻けないだろう、とも思ったりもした。

 

 

 仕事での外出先からの帰り道、ときどき立ち寄るラーメン屋がある。

 店内にはテーブル席とカウンター席があるのだが、お昼時はテーブル席が相席になりがちである。よって、カウンター席が空いていたらカウンターに座りたい。ただし、そこのカウンターは狭くて、隣の人との距離が少しばかり近い。

 今日はまさしくお昼時だったので、店内は少し混雑していたのだが、何とか相席を避けてカウンター席に着くことができた。両隣のサラリーマン風の男性に挟まれた格好である。

 コートを脱いで席について、卓上のコップに水を汲み、スマホを眺めながら待っていると、左隣の初老のサラリーマン風の男性のラーメンが運ばれてきたのが目の端に見えた。そのしばらく後だ。

 ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ

 サラリーマン風の男性から、ちょっと大げさじゃないかと思うような咀嚼音が聞こえてきた。

 うわあ、やだなあ、と思いながら横目で見ると、サラリーマン風はラーメンを大きな音を立ててすすり、そのあと、端からこぼれるんじゃないかと思うほど口を開けて咀嚼している。

 私は相席でもいいからテーブルに座っておくんだった、ハズレくじを引いた、と思いながら目を逸らして、なるべく気にしないように心掛けた。もしかしたら、鼻が詰まってて、つい口が空いてしまう人なのかもしれない。だいいち、あまり見るのは失礼である。スマホを見るとかしてこの場をやり過ごそう。

 

 ズズーーッ…ぺっちゃぺっちゃぺっちゃぺっちゃ

 

  3秒で「見ないほうが土台無理な話である」という結論に達した私は、ちょっと睨んでやろうかくらいの気概で改めて彼を見た。

 ふと見るとヤツは左手でどんぶりを支えることなく、右手にもった箸をどんぶりの上で上下させるだけでラーメンをすすっている。その左腕はというと、カウンターテーブルの下にぶらんと垂れ下がっている。

 そして、その左手はどうなっていたか。掻いていたのだ。ちんちんを。ぼりぼりと。

 

 やはり、手はテーブルの上に出しておかなければならない。めしを食いながらちんちんを掻く者が存在する以上は、絶対だ。