鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

仁右衛門島に行く

外房の南より、鴨川シーワールドにほど近いところに仁右衛門島という島がある。
島といっても、本土とは浅瀬で隔てられてるだけで、200メートルしか離れていない。ほとんど岬に続く道がたまたま水没したといった風情だ。
この仁右衛門島、千葉県指定の名勝ということになってるわけだけど、個人所有の島らしい。島にたった一軒だけで住んでる島の主が、代々「仁右衛門」を名乗っているので、仁右衛門島と名前がついたらしい。

用事がない日曜日、そういや、しばらく家族で出かけてないね、ということになって、南房まで足を伸ばしてみた。

まだ春には早い房総半島だけど、すっきりと晴れ渡り、寒さも緩んで気持ちが良い。内房からのんびりとした山道を越えて、外房まで行けば、青緑の凪いだ海が出迎えてくれた。

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島へは、渡船場から小舟で向かう。
日に焼けた二人の船頭さんの手漕ぎの船だ。船頭さんは、巧みに櫂を操りながらゆっくりと船を進めてゆく。

「今日も来たの?ご苦労さん」
船頭さんが防波堤の釣り人に声をかける。このあたりの常連さんだろうか。そんな光景を見ながら、ほんの数分で舟は島に着いた。



島の入り口には、売店と食堂があって、そこが入場口のような役割を果たしている。そこで渡船料を支払うのだけど、雰囲気が緩くて、つい見過ごしてしまいそうだ。
売店には、もう数十年は置いてあるだろう流木を使った置物なんかが売ってある。店員さんはいない。食堂は現在休業中、ひょっとすると、シーズンオフなのかもしれない。
入口のおじさんは、「夏になるとここはダイビングのメッカになるんだよ」と教えてくれた。

島は一時間もあれば一周できる大きさだ。ちなみに一応、これでも千葉県最大の島らしい。
高台の上に、仁右衛門さんの家があって、建物の一部と裏庭を見せてくれる。建物は嘉永年間に改装されたという説明があって、とても古い。
古いけど、ぐるっと回ったところには、アルミサッシの引き戸があったりして、今でも仁右衛門さんが住んでるんじゃないかという風情がある。
裏庭には、小さな小屋があってお婆さんが出迎えてくれた。間違って仁右衛門さんの個人スペースに入らないよう、見張りのお仕事をしてるのかもしれない。

「仁右衛門さんはさ、どんなすごいことをしたの?」
娘がふと聞いてきた。
「島を持ってるだけじゃないの?」
よく知らない。
「それだけ?本当にそれだけ?島の名前になってるんだよ?」
「それだけじゃ足りんか?一人で島を持ってるんだぞ。すごいじゃん」
娘は納得がいかなそうに「ふうん。」と呟いた。

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島から戻ると、お昼をだいぶ回ったところだったので、目の前にある喫茶店に入った。
「うちは美味しいよ。テレビも何度も来てるのよ。」
喫茶店のお姉さんが愛想良く笑う。店員さんはみんな明るくて居心地が良い。

「あのさ。うちで夏みかんを貰ったんだけど、余っちゃったので持って帰ってくれない?」
帰り際、お姉さんがそういいながら、なぜか夏みかんを持たせてくれた。黄色い夏みかんみたいにぽかぽかと暖かい、冬の一日でした。