万葉集の思い出について
とりわけ、万葉集の冒頭の歌は未だに暗唱できるくらい印象に残ってます。こんな歌。
「籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この丘に菜摘ます児 家聞かな 告(の)らさね そらみつ大和の国は おしなべてわれこそ居れ しきなべてわれこそ座(ま)せ われにこそは告らめ 家をも名をも」
声に出して音読してみると、音のリズムも良く、何やら格調高くも聞こえるんですが、それを現代語に訳すとこうなります(意訳超訳おふざけ混じりなので、ちゃんとした研究者の方が見ても怒らないでね)。
「そのカゴ!いいカゴ持ってるね。そしてそのスコップ!いいスコップ持ってるね。この丘で野草を摘んでるそこの女の子、家はどこ?名前はなんていうの?え?俺のこと?俺は、この広大な大和の国にこの俺様がいて、そしてこの俺様こそが大和の国をぜーんぶ支配してるわけなんだけど、教えちゃおっかなー、俺の家とか名前とか。」
・・・いや、ナンパですかこれ。ってか、どうみてもナンパだろ。しかも「俺、誰だと思うー。あれー。もしかして天皇ってことバレバレー?」みたいな誘い方してるし。
あと、万葉仮名も面白かった。
当時は平仮名、片仮名がまだ成立しておらず、仮名にあたる部分は、漢字の本来の意味を無視して音だけとって表記していました。要は、仮名を漢字のあて字で表記してたわけです。それが万葉仮名。
例えば、さっきの「籠もよ、み籠もち」。これを原文通りに表記すると
「籠毛與 美籠母乳」
になります。「籠(こ)」は意味のある漢字だけど、続く「毛與(もよ)」の部分は、漢字本来の意味が無視されたあて字です。
繰り返しますが、
「籠毛與(こもよ) 美籠母乳(みこもち)」
もう一回言うけど、
「美籠母乳(みこもち)」
「持ち」を「母乳」って、あんたどんだけオッパイ好きなんですか。普段から仏血義理(ぶっちぎり)とか言ってるヤンキーの兄ちゃんも、「その発想はなかった。」って言ってるわきっと。
万葉集の授業は、ハッキリ言って受験にはあまり役に立たない授業でした。
もし、古文の先生が源氏物語なんかを題材に使ってたら、僕の古文の成績もちょっとくらいは上がってたかもしれません。(どうせ真面目に聞いてなかっただろうけど。)
でも、受験時代にあれだけ叩き込んだはずの古文の文法はもうすっかり頭から抜けてるのに、こちらはちゃんと覚えてる。
牧歌的な風景の中、素朴で可愛らしい女の子にちょいとフカシを入れながら声をかける雄略天皇の情景は、「こもよ、みこもち。」というリズムになって、僕の頭の中にしっかりと入ってます。
だから、ちょっとくらいはああいう時間があったのも良かったんじゃないかなあ。
とくに落ちもなくおしまい