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鼻猫亭

毎日のこととかぼんやり考えたことなど

ゲゲゲ展について

毎日のこと

 銀座松屋で開催されているゲゲゲ展に行ってきました。

 正直にいえば、小さい頃、水木しげるの絵がとても苦手でした。

 目口鼻手足を極端にディフォルメしたラインもそうなんですが、例の点描が醸し出すぬっぺりとした質感に、小さい頃の私はこの世ならざるものの存在を感じたものです。そして、黒白のコントラストが際立つ陰鬱な背景。思えば、その頃から水木しげるの絵の魔力に絡め捕られていたように思います。だから、きっと小さい頃からのファンといって差し支えなかろう、と自分では思ってます。

 そんなわけなので、水木しげるの生の原稿に対峙した時、自分にどんな感情が湧き起こるのか、自分でも興味がありました。その線の一本一本の迫力に圧倒されるのか、原稿にこもる情念に打ちのめされるのか。

 結論を言えば、水木さんの生原稿はそんな生易しいもんじゃなかった。

 まず、気が遠くなりそうな緻密さ。原稿用紙の隅から隅までにみっしり余すところなく書き込まれた無数の線・線・線。そして恐ろしいことにその線の一本一本に一切の無駄がなく、本来あるべきところに、正確に収まっている。その線と線で囲まれた細かい空間をベタの漆黒が埋めています。

 そして、点描。点の一粒一粒に意味があり、生きており、いつか理科の教科書で見たボルボックスの群体のように、一粒一粒が集まって一つの形を作っています。

 その無数の線と点が交錯し、折り重なり、共鳴し合い、一つの絵になっている、近づいて細かい部分を見ようとすればするほど、何が何やら分からなくなってきます。まるで脳みそが絵を理解するの拒否しているよう。

 大げさかもしれませんが、とても人間の描いた絵だとは思えない、というのが私の感想(まあ、水木さんは妖怪らしいですが)。すっかり魂を抜かれてしまったらしく、銀座松屋を出た後、気がついたら有楽町駅前にぼうっと立っていました。

 この魂が引き摺りこまれるステキな感覚を、一人でも多くの人に味わってもらいたいと思うのですが、残念ながらゲゲゲ展は明日までなんですよね。最終日に駆け込むことができる人は、行った方がいいですよー。